区界高原の植物相と植生の現状とその保全について
及川真寿美
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はじめに
 区界高原は国道106号線が越える区界峠の東側に広がる高原(海抜高度700〜1100m)で,区界高原少年自然の家や区界高原ウォーキングセンターなどがあり,自然学習や自然観察などに利用されている。この地域の自然環境の特質として,残丘(兜明神岳と岩神山)を核として展開する準平原とシラカンバ林やシバ草原などが広がる景観があり,北上山地を特徴づけている。このため,岩手県では昭和49年に川井村と盛岡市の550haを「区界高原自然環境保全地域」に指定し,開発行為の規制などを行っている。
 しかし,これまでにこの地域に関する詳しい自然環境や生物相に関する調査は行われておらず,自然環境保全地域指定当時の特質が存続しているのか,あるいは整った自然学習の場を提供しているのか不明である。そこで今回は区界高原の植物相や植生について調査し,現状を把握することを第一とした。
調査方法
 1998年6月から1999年9月までの29回にわたり調査地域(158ha)をくまなく踏査し,植物相や植生を把握した。植物相調査では高等植物を採取し,研究室に持ち帰り,さく葉標本の作製・同定を行った。植生調査では植物群落ごとに調査区を設定し,階層ごとに出現する植物の種名・優占度・群度などを調査・記録した。
結果と考察
 同定された高等植物は77科316種(シダ植物9科24種,裸子植物2科4種,被子植物66科288種)であった。この中でキク科植物は35種で最も多く,ついでバラ科25種,イネ科18種の順で多かった。特色としてこの地域は寒冷な気候であるため,ミヤマヤナギ,マイヅルソウ,イワオトギリといった一般にいわれる高山植物が含まれていた。
 植生調査の結果,階層ごとの優占種の組み合わせから次の群落に区分することが出来た。
 カラマツ林(カラマツ−クマイザサ群落,カラマツ−ツルアジサイ群落,カラマツ−ベニバナイチヤクソウ群落,カラマツ−オシダ群落,カラマツ−ヤグルマソウ群落),アカマツ林(アカマツ−クマイザサ群落),ダケカンバ林(ダケカンバ−ベニバナイチヤクソウ群落,ダケカンバ−トリアシショウマ群落,ダケカンバ−ノコンギク群落),シラカンバ林(シラカンバ−ノコンギク群落,シラカンバ−ベニバナイチヤクソウ群落,ブナ林(ブナ−チシマザサ群落),ミズナラ林(ミズナラ−クマイザサ群落,ミズナラ−タマガワホトトギス群落),サワグルミ林(サワグルミ−ウワバミソウ群落,サワグルミ−オシダ群落),ヤチダモ林(ヤチダモ−オオカメノキ群落,ヤチダモ−ウワバミソウ群落,ヤチダモ−オニシモツケ群落),ミヤマヤナギ林(ミヤマヤナギ−オオバギボウシ群落,ミヤマヤナギ−レンゲツツジ群落),シバ草原(シバ−オオチドメ群落,シバ−ノコンギク群落,シバ−ワラビ群落,シバ−ウメバチソウ群落,シバ−ユウガギク群落,シバ−ヤマハハコ群落,シバ−ハルガヤ群落)。これら以外に,兜明神嶽と岩神山の山頂には岩場固有の群落が発達しており,岩質(蛇紋岩)が関係しているように思われた。シバ草原では様々な優占種からなる群落がパッチ状に発達しており,部分的には牧草や樹木も侵入していたため,遷移がかなり進行していると考えられた。
まとめ
 調査の結果から現在の区界高原には多様な植物群落が発達しており,残丘という景観上の特質も存続している。しかし,シバ草原には往時にくらべ遷移が進んでおり,特質の一部が失われつつある。そのため,シバ草原を維持していくためには定期的な刈り入れや適度な牛馬の放牧といった管理が必要であると思われる。


Copyright (C) 岩手大学人文社会科学部 植物生態学研究室
初版:2002年12月25日 最終更新:2003年6月3日