人文社会科学部研究室探訪●Part2(vol.7)page1

Profile
KOJIMA SATOKO
東京大学文学部国語学専修課程1991年修了、東京大学人文社会系研究科日本文化研究(日本語日本文学)1998年修了。修士(文学)

■先生が現在取り組んでいる研究テーマを教えて下さい。


近代の明治とか大正あたりの日本語の変化にも興味があります。近代の言葉が出来上がっていく、また変わっていくところが面白いですね。

 日本語の歴史というか、日本語がどのように変わってきたかを勉強したいと思って研究を続けています。時代としては、もともとの興味は平安時代の頃にあたります。(高校生で学ぶ古文の世界ですね)そうですね。
 ただ、いろいろ経緯がありまして、近代の明治とか大正あたりの日本語の変化にも興味があります。近代の、言葉が出来上がっていく、また変わっていくところが面白いですね。変わっていく過程が面白いので、そこを追求したいと研究を進めています。岩手大学に来て3年になりますが、現在は、学生と一緒に宮沢賢治の勉強も進めています。

■先生の専門の世界から見ると宮沢賢治は、どのような存在なのでしょうか?


賢治は全国統一の教科書を使った初めての世代、全国一斉に同じ教科書を使ったのは、賢治が小学校2年生の時からです。

 そうですね、宮沢賢治の時代は、ちょうど書き言葉が、私たちが今使っているような書き言葉ですが、話し言葉に近い書き言葉が作り上げられていく時代にあたっています。その意味で、今の言葉とは違うところもたくさんあるのですが、違うといっても平安時代の古文ほどには違っているわけではなくて。賢治の使っている書き言葉の使い方は方言に近い部分もありますね。短く説明するのは難しいんですが、あえて言えばそうなるでしょうか。
 あの時代は、日本国中に方言がいろいろある中で、標準語を作り広めていく時代にあたっていて、賢治は全国統一の口語体の教科書を使った初めての世代にあたります。国語の授業の中で学んでいたのですね。口語を使った教科書は、それまでにもあったのですが、全国一斉に同じ教科書を使ったのは、賢治が小学校2年生の時からですね。
 学生さんと授業の中で、賢治の書き言葉のどんなところが今と違っているか調べたことがありますが、「まるで」とか「すっかり」という言葉の使い方が現代と違っていたりすることに気がつきました。それは、たぶん方言の影響があるのかなと考えています。

■なぜ、国語学に興味を持たれたのですか?


言葉をちょっと違った使い方をするだけで、まるで違う意味になったりする、そんなことを勉強したいと思ったんです。

 高校の時に古文の先生に面白い先生がいらっしゃった影響と、もともと古文というか古文の世界観のようなものが好きだったので、大学では国文学に進むつもりでいました。将来のことを考えると、いわゆる会社勤めは向かないだろうと思っていましたので、研究者とか国語の先生になりたいなと、自分としては思っていました。
 実際に大学に入ってみると、知らなかったことが多くて、こんなこともあるんだ、あんなこともあるんだと気づかされ続けていました。私の学んだ大学では、2年生の前半で専門を選んで、3年生から専門分野を学ぶのですが、その専門を選ぶときに、当初の予定を変えて、国語学を専門にしようと決めました。私の思っていた国文学のイメージは実は国語学の世界なのだとわかったからです。言葉の使われ方の意義というか、言葉をちょっと違った使い方をするだけで、まるで違う意味になったりする、そんなことを勉強したいと思ったんです。