人文社会科学部研究室探訪●Part7(vol.3)page1

准教授 河合 塁001
准教授 河合 塁002
准教授 河合 塁003

Profile
KAWAI Rui
中央大学法学部法律学科(1998年)、中央大学法学研究科民事法専攻【修士】(2000年)、同【博士】(2007年)


一般的な「法学部」「経済学部」ではなく、人文社会科学部が設けられている点についてどう思われますか


様々な面から物事を考えなければ、自分と違う意見が出て来た時に対処することができません

 社会に起きている色々な問題は、多角的な観点から見なければその本質をつかめないことも多いです。問題に対して複合的な観点で学べるという点が、法学と経済学を両方学べるメリットだと思います。
 例えば、最近、「日本では、労働者を簡単にクビにできないから人がなかなか雇われない」という議論がありますが、これは法学的には、労働者は会社に比べて立場が弱いため、簡単にクビにならないよう法律で守ることが必要だという見方が背景にあるのです。しかし経済学的には、(必ずしも経済学者のすべてがそう言っているわけではありませんが)人が採用されない社会は非効率であるし、採用されにくければかえって労働者のためにならないではないか、という見方をします。もちろん実際の両者の議論はそこまで単純ではないですが、このように法学の立場と経済学の立場とでは、同じ事象でも全然逆の見方をしていることがあります。
 法学・経済課程は、一つの切り口からではなく、それぞれの立場から問題に切り込んでいくことができる学科であると思います。

先生はどのような思いでこの道に進まれたのでしょうか


感銘を受けた労働法の本は、角田邦重ほか著「労働法講義2」、近藤昭雄「労働法Ⅰ」、外尾健一「労働法入門」、千々岩力「創世期の労働委員会と労働組合」等

 私が本格的に法学を学ぼうと思ったきっかけは、大学3年次に出会った労働法でした。実は、もともとは歴史が好きだったので文学部志望だったのですが、周りに「歴史じゃ飯は食えないぞ」と言われて法学部に進むことにしましたものですから、進学後も法学に対してなかなか興味が持てず、そのうちに自信を無くして大学を辞めようかとまで悩んでいました。しかし、そんな中で転機が訪れたのは大学3年生の時です。労働法の講義(角田邦重(現中央大学名誉教授)・近藤昭雄(同)、山田省三(現中央大学法科大学院教授))に出会って感銘を受け、私は法学の魅力に気付きました。
 労働法には、最初は弾圧されていた労働者や労働組合が、時代の変化の中でどのように法的に認められるようになっていったかという「歴史」があり、その「歴史」と法律とのつながりが実感できて、「これは面白いかも」と思うことができたのです。
 それに労働法は、「企業社会」という「現実的」な世界を舞台とした法律ではあるのですが、しかし一方で「弱い立場にある労働者を、どう会社と対等な立場に近づけるか」というある種の「ロマン」があり、それを労働法自身が、苦しみながら何とか貫こうともがいている。講義を受けて、分からないなりにそんな気がしたのです。私はそれまでコンプレックスばかり感じて生きてきたもので、労働法のそんなところに、他の法律にはない親近感を覚えたんですよね。先生方の講義が良かったこともあったのでしょうが、そうして労働法の世界に足を踏み入れ、そこを足掛かりに、他の法律学にも少しずつ興味を持てるようになりました。
 そしてもう1つ、実はその当時、労働法ゼミではなく労使関係論というゼミに在籍しており、これはその頃、労働法のゼミが人気が高くて入れなかったからなのですが、当時非常勤で来られていたゼミの先生(高木郁朗・現日本女子大学名誉教授)は日本的雇用慣行や労働組合の国際比較にも詳しく、労働法とは違った角度から労働問題に迫る方法論を教えていただきました。高木郁朗先生は経済学者ですが労働法的な視点にも造詣が深く、この経験が労働法への興味を深めてくれましたし、同時に、その後の私の労働法研究にも大きく影響していると思っています。ただ私自身は、最初は研究者になろうと決めていたわけではなく、修士課程を出た後10年以上サラリーマンをしていました。そこでは、何らかの形で法律と絡む機会は多かったものの、社会保障法や民法、税法、会社法などがメーンで、労働法との直接の接点はあまりありませんでした。そんな経験を経ながらも最終的に現在の道を選んだ理由は色々とあるのですが、大きな理由としては2点挙げることができます。
 1つは、「研究者」という立場から自分の考えを世の中に発信することで、より多くの人を守れるのではないかという可能性です。サラリーマン時代の経験を活かし、学問上の議論では見えにくい労働者の苦悩も拾い上げて、その現実と法律の理想とを摺り合わせていければという思いです。
 もう1つは、自分の父が高校の教員としてずっと生徒に慕われていた姿を、子どものころから見てきたということがあります。そのような父の背中を見て、教育者という生き方に魅力を感じたこともあったのだと思います。

研究されているテーマと内容について教えてください


学問上の議論では見えてこない労働者の苦悩がある。それを拾い上げたい

 1つはコーポレート・ガバナンスと労働法という問題について。コーポレート・ガバナンスとは、端的にいえば「企業は誰のためのものか」という議論ですが、会社法の世界では「株主の利益を最大化する」という考えが主流です。しかし他方で労働法の世界では、企業には色々な利害関係者(ステークホルダー)がいて、労働者の利益も大切であると考えるため、その点で両者は考え方が異なります。それは理論的には「法律が違うんだから考え方も違う」で済むかもしれません。しかし現実には、株主が「利益を上げるためにもっとリストラしろ、あるいは賃金を下げろ」と会社に圧力をかけてくれば、(それ自体は、会社法上は必ずしも非難されることではないのですが)現に労働者は大きな不利益を被っているので、両方の法律の間で問題を考えなければなりません。こういった、労働法と会社法との狭間の研究をしています。
 もう1つは、企業年金と労働法という問題について。企業年金とは、「企業を退職した後に、企業が退職者に年金を払う」という制度であり、これは少子・高齢化で公的年金が厳しくなる中、社会保障の補完として期待されるということがよく言われています。しかし労働者側からすると、退職金の分割にすぎないという面もあります。そうなると、これは労働法の側面もあるということになり、この企業年金を引き下げるという場面で特に問題となってきます。この問題についても、社会保障法の視点と労働法の視点との両方で考える必要があるのではないかと思います。これもやはり両法の狭間の研究ですね。
 こういった、「現実」に照らした視点で理論を組み立てていくのは難しいことではありますが、それをどう調整して両者を近づけていくのかというところが、今後の私の挑戦でもあります。