人文社会科学部研究室探訪●Part8(vol.1)page1

准教授 西田 文信001
准教授 西田 文信002
准教授 西田 文信003

Profile
NISHIDA Fuminobu
慶應義塾大学文学部文学科中国文学専攻(1996年)、University of Hawai‘i at Mānoa大学院人文科学研究科言語学専攻【修士】(1997年)、City University of Hong Kong大学院人文社会科学研究科中文・翻訳・言語学専攻【博士】単位取得(2004年)


国際文化課程の特徴・魅力は何ですか

 近年、日本と世界諸地域との文化的・社会的関係は、私たちの日常生活においても意識せざるを得なくなってきています。それは、世界的な規模でグローバル化が急速に進展しているからです。世界諸地域との結びつきや相互依存は、今後一層強固なものになっていくことでしょう。このような時代に生きる私たちは、意識を自分たちの周囲にあるローカルな問題にのみ向け、全地球的な問題に無関心のままでいることは許されません。今日私たちに求められているのは、バランスのとれた国際感覚を養うとともに、世界の諸地域の文化的背景(言語・文学・歴史等)に関して正しい認識を養っていくことです。また、文化を正しく認識するためには、個別の細分化された学問領域を学習することも大事ですが、それらを超えた学問の学際化、統合化が必要だと思います。世界諸地域の文化を総合的に見直すために、それらの差異を認めつつ普遍性を追求していく姿勢が肝要となってきているのではないでしょうか。
 国際文化課程では、日本をはじめとする世界の文化とその多様性について学習します。具体的には、「文化システム」「アジア文化」「欧米言語文化」の3つのコースがあり、専攻するコース以外の授業も幅広く学習していくシステムです。いずれも、個別的な事象であってもより普遍的な角度から考察できるような力を体得することを目標としており、多様化する国際社会の中で、自文化の理解をもとに異文化を受け入れて尊重し、グローバルな視点からローカルな問題を考察できる、国際的なコミュニケーションができる能力と人格を備えた人材の育成を目的としています。
 さまざまな経験を積み、多彩なバックグランドを持った教員による多種多様な講義を多面的に受けることができる。こういったところが国際文化課程の最大の魅力だと思いますよ。

アジア文化コースではどのような勉強ができるのでしょうか

 アジア文化コースでは、学問領域で言うと「日本史」「日本思想史」「日本文学」「日本語学」そして「中国語学・中国文化」について学ぶことができます。私の担当している中国語学以外は日本に関する研究領域ですが、日本は歴史的に中国を含めた東アジア地域ひいては西アジアからの文化的影響を色濃く受けてきているので、より広い視野に立って日本文化を理解することが大切です。また今日の日本は、アジア隣国との相互理解促進という重要な課題に直面しておりますので、このような要請に対応すべく、日本・中国を中心とする東アジア地域の言語、歴史、社会、文化、さらにアジアと日本との関係を理解し研究したい学生にも門が開かれています。
 中国語学に関して言えば、中国語及び中華圏で話されている多くの言語(中国語諸方言や少数民族言語)についての発音や語彙、文法の構造といった学習を中心として、日本や朝鮮半島、ベトナムも含めた漢字文化圏における漢字文化や、社会言語学的側面から見た中国語(性差・年代差・地域差なども含めた考察)、言語類型論から見た中国語(中国語が世界の諸言語の中でどのような位置を占めているか)、中国語と他の諸言語(主に日本語と英語)と対照させてどのような特徴を持っているか、なども勉強することが可能です。
 「アジアの世紀」といわれる21世紀に生きる私たちにとって、アジア文化コースで勉強することは、私たちの根源を探り未来への道筋を考えるきっかけを与えてくれる絶好の場となることでしょう。
 アジア文化コースでは毎年一回秋に県内の史跡を訪ねるフィールドワークを行っています。また、古文書を扱う実習も行っています。それから特に力を入れているのが、留学制度です。短期・長期の研修や留学も盛んで、留学生との交流も含め他文化に触れる機会が多く用意されています。

講義では、どのようなことを心掛けているのでしょうか


留学等の経験を通し、自分自身の目と耳で確かめたことを伝える。双方向的な学習で、学生たちと刺激し合いながら楽しくてためになる授業を

 私は中国語と中国語学関係の講義を担当していますが、大多数の学生にとって中国語は大学に入ってから初めて学ぶ言語です。中国語は発音が命といわれているくらいに発音が重要ですから、まずは正確な発音をみっちり仕込みます。その際、日本人には馴染みの深い日本漢字音(漢字の音読み)の知識を最大限に活用しながら発音を習得させるようにしています。
 文法項目に入ったら日本語や英語の文法規則と対照しつつ学習を進めています。これは私が比較的多くの言語を学習した経験に基づくものです。個別言語の表面のみを観察したら違いばかりに目が行きますが、一度深層構造(言葉の背後にある本質的な意味・深層心理のような部分)に目を向けると、実は比較的単純な規則・制約にのっとっているという事実が判明しました。この意味で、英語や日本語と比較対照させる試みを授業で取り入れています。これは演習や講読の授業でも同じです。
 講義では常に学生の質問・疑問を受け付けるようにしています。中国語はヨーロッパ諸語と違って文脈依存性の高い言語ですから、複数の解釈を許す文が少なくありません。ですので、学生とともに文を解釈し、より自然な日本語に置き換える訓練を私自身も楽しんでいます。
 私は学生時代に香港とハワイに計5年半ほど留学していました。海外の学生にも3年ほど日本語を教えた経験もあり、この目で見て、耳で聞いて、体で感じたことを授業で学生に伝えるようにしています。
 大学の教員になって10年余りが経ちましたが、私は「常に学生に育てられている」「教えることにより学生に教えられている」という意識を最近強く持つようになりました。学生は誰しも秘めた潜在能力を備えていますから、これを上手く引き出して伸ばしていく。この点を念頭に置き講義に臨んでいます。

先生のご専門とされる研究の内容について教えてください


ブータン王国でのフィールド言語調査の一コマ。
言語の普遍性と多様性の解明、また後世への継承のためにも文法・単語・民話を正確に記述していきたい



水族(すいぞく)の水文字(すいもじ)で書かれた書物(右)と、納西族(なしぞく)のトンパ文字で書かれた経典

 まず一つ目が、シナ=チベット記述・歴史言語学です。話者人口からすれば世界で最大の語族(起源を同じくする言語グループ)が「シナ=チベット語族」。これは中国大陸を中心に、西はカシミールから東は黄海、南はマレー半島まで至る地域に500種類以上、方言も入れたら1000種類以上分布する一大言語群です。私はその中でも中国語の方言である広東語、ネパールで話されているグルン語、中国四川省西部で話されているナムイ語とチュユ語、そしてブータン王国中央部で話されているマンデビ語とブロカット語の調査研究に携わってきました。
 現地調査を基礎として個別言語を記述・分析・整理してその言語特徴を解明する(記述言語学)とともに、言語間の相互比較からより古い段階の状態を推定して歴史的変遷を跡付ける(歴史言語学)作業に従事しています。言語を調査する際には国際音声記号を用いて記述していき、これまで研究されていない未記述の言語をゼロから調べていきます。未知なる音の羅列でしかなかったものが、意味のある言語と認識できるようになる過程は、この上なくスリリングかつ興奮に満ちたものです! 文法の輪郭が分かっていく過程は、未知の場所の地理が分かっていく感じにも似ていて、本当に心地良い気持ちになります。
 そして二つ目が、危機言語についてです。今日、世界各地で話者数の多い大言語が広まり、少数言語が消滅の危機に瀕しています。残念ながら既にこの世から消滅してしまった言語も少なくありません。しかし近年では、自分たちの言語を保持・活性化しようという運動が始まっている地域もあります。私は主にブータン王国で少数言語の記録・アーカイブ化を行うとともに、社会貢献の一環として、ブータン政府と協力し少数言語の保持・言語文化の継承についての活動も行ってきました。人間言語の普遍性と多様性の解明のために、また文化を保護するためにも、これらの言語研究はこの上なく重要なものといえるでしょう。
 三つ目が、言語教育についてです。世界の諸言語を見渡して共通点と相違点を研究する分野を言語類型論といいます。私はこれまでの言語学習の経験から、中国語を世界の他地域の言語と比べると、当然差異も多数ありますが共通点も多くあることに気が付きました。孤立語(語形変化がない言語)である中国語を、膠着語(「てにをは」が付く言語)である日本語や屈折語(格変化のある言語)である英語と比較対照した結果、気付いたことです。この経験を応用した効果的な言語学習の方法論を中国語教育の現場で生かしています。