河川敷に生育する植物とそこに発達する植物群落の生態学的研究
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1994年9月 (代表者) 竹原 明秀 岩手大学人文社会科学部 助教授

目次
  1. はじめに
  2. 調査地の概要
  3. 調査方法
  4. 植物群落
  5. 河辺に生育する植物
  6. おわりに


1.はじめに
 河辺では流水の持つ浸食,運搬,堆積の3つの作用を強く受けることによって成立する河辺植生がみられる。この河辺植生には上流から下流への縦断方向の変化,洪水によって形成される複雑な地形や立地の安定性,堆積物の物理性・化学性などが異なる環境条件が複雑に絡み合い,多様な群落が存在する。さらに洪水という極めて強い物理的撹乱によってそれまで成立した群落が破壊され,改めて群落の成長が始まり,成長段階が異なる群落がモザイク状に分布する。
 この河辺植生は河川における自然環境を強く反映した結果で,河川の自然景観を形成するものでもある。さらに自然性が高い河辺植生は都市・農村域に残された最後の自然となり,貴重な動植物が生残している可能性が極めて高い。しかし,河辺植生の実態が把握されないまま河川改修や護岸工事,高水敷の公園化,耕作地化が各地で広く行われているという現実がある。河川の公共性に伴う河川環境管理の考え方に加え,動植物の保護,自然環境の保全のためには河川の自然環境の診断,すなわち河辺植生の早急な実態把握が必要といえる。
 ここでは北上川における河辺植生について相観・種組成に基づく群落分類,生育する植物を列記し,河川の自然環境を診断する基礎資料とすることを目的とする。

2.調査地の概要
 調査は北上川水系の北上川,旧北上川,和賀川,雫石川,中津川で行った。
 北上川は幹川流路延長249q,流域面積10150q2を有し,東北地方では最大の河川である。流域の形状は南北に長く,ほぼ長方形をなし,本流を中心として左右から多くの支流を流入させる典型的な羽状流域をなしている。

3.調査方法
 植物群落調査は現地において植生調査を行った。植生調査は典型的と考えられる植分(適切な広さの方形区を設置)を設定し,階層毎に高さと植被率,そこに出現する植物のリストを作成し,種毎にBraun-Blanquet(1964)の総合判定法による優占度と群度を測定した。  植物相調査は植生調査で作成した植物リストを取りまとめ,特記すべき種などを抽出した。

4.植物群落
 調査対象とされた地域において植生調査を行った結果,河辺植生として97群落を確認することができた。群落毎に形態・構造,下位単位区分,種類組成,立地環境,分布状況,人為影響の有無などの特徴を有するが,ここでは群落相観によって大きく区分された19群落相観に分けられた( 表1 )。
4.1. 水生植物群落
 浮葉植物,あるいは沈水植物からなる群落を水生植物群落としてまとめられる。群落は1〜数種からなる単純な構造からなり,優占種によって区分されたが,いずれの群落も発達面積は小さい。
4.2. 小型1年生草本植物群落
 夏季に水位が下降し,一時的に湿性の裸地が出現するような河床部や浅い池沼,高水敷の凹状地などでは短期間に生育が完了する小型の1年生草本が優占する群落が形成される。
4.3. 大型1年生帰化植物群落
 河辺は洪水の撹乱を受けることによって裸地が出現する可能性が高く,港周辺や埋立地,造成地,市街地の空き地などとともに帰化植物の侵入拠点となっている。特に強度の人為的撹乱を継続的に受ける場所では1年生帰化植物が優占する群落がやや安定的に存続する。このような群落を大型1年生帰化植物群落にまとめられる。
4.4. 大型1年生草本植物群落
 定期的な冠水や撹乱を受ける水際や砂礫堆,高位氾濫原の凹状地では多年生草本や木本植物が生育することができず,イヌタデ属やイヌビエ属植物を主体とする1年生草本からなる大型1年生草本群落が形成される。
4.5. 広葉多年生草本植物群落
 大型1年生草本群落が発達する立地にくらべ,より安定した立地では多様な多年生草本群落が成立する。これらには優占する植物の生活形によって群落の相観が大きく異なる。
4.6. 高茎多年生帰化植物群落
 人為的影響を受けた河辺では大型1年生帰化植物群落とともに背丈の高い多年生帰化植物からなる高茎多年生帰化植物群落がみられる。
4.7. 高茎多年生草本植物群落
 東北地方の多雪地では河川源流域の沢沿いの崩壊地,渓流の縁,林縁,林道法面,伐採地などには植生高2m以上に達する高茎多年生草本植物群落が広がる。この群落と同様の相観を持つ群落は集落内の空地や路傍,耕作地周辺などにもみられ,さらに高位氾濫原,河成段丘上,自然堤防や人工堤防の側面などにも普遍的に存在する。
4.8. 禾本草原植生
 堤外地でも洪水の影響を直接受けない安定した場所があり,本来の河辺植生とは異なる群落が発達する。これらの群落の中には刈取りや火入れの影響を受け存続するイネ科植物を主体とする半自然草原がみられる。これらは禾本草原植生としてまとめられる。
4.9. 流水辺草原
 東北地方の河辺を代表する植生にはヤナギ林があり,それに次ぐ面積を有している群落タイプとしてイネ科植物からなる流水辺草原がある。これには地下水位の高さや堆積物の粒径,流水からの影響の程度などによって優占種が異なり,多くの群落が存在する。
4.10. 低層湿原植生
 湖沼の湖岸や沖積地,河川に沿った場所などの地下水位が高く,あるいは常に冠水するような過湿性地では低層湿原と呼ばれる湿草原が発達する。このような立地では水位の高さ,水位変動のタイプ(季節性や変動幅,流動性など),水質(富栄養あるいは貧栄養),土壌環境によって様々な群落が存在する。ここでは河口付近の塩湿地に発達する塩沼地草原も含める。
4.11. 岩壁上・渓流辺植生
 河川上〜源流域の比較的流量の一定した渓流中で,飛沫をあびるような岩礫上,常に急流によって洗われる河岸,あるいは渓谷内の湧水で涵養される自然崖面には独特の相観を持つ群落が発達する。このような群落を岩壁上・渓流辺植生にまとめられる。
4.12. 1年生つる植物群落
 路傍や荒地,耕作地の縁辺,林縁,洪水によって冠水するような不安定な立地では,多年生草本を覆うように1年生つる植物が繁茂するマント群落がみられる。群落は春季では広葉多年生草本群落と同じ相観を持つが,つる植物の発芽,生長とともに上層が覆われ,夏季には独特の相観に替わる。
4.13. 木本生つる植物群落
 放置された林縁や高水敷では多年生草本を覆うように木本生つる植物が繁茂するマント群落がみられる。1年生つる植物群落が発達する立地にくらべ,より安定した環境が継続しており,優占種によって群落が異なる。
4.14. 竹林・ササ原
 河岸は洪水の影響を受けることによって容易に地形を変えるため,住居地に隣接する場所では従来からタケを植栽し,河岸を安定させてきた。現在,それらの名残としてタケ林を時々みることができる。また,オニグルミ群落などの河畔林を伐採した後にはササが密生するササ原が成立することが多い。
4.15. 河辺低木林
 定期的な増水や突発的な洪水などの撹乱によって不安定になる場所では,生長が遅い高木は生育できず,生長が早いヤナギ類や数種の低木が侵入するにすぎない。ここでは低木からなる次の群落を河辺低木林としてまとめた。
4.16. ヤナギ林
 東北地方の河辺を飾る代表的な植生としてヤナギ類が優占するヤナギ林があり,河辺の相観を決定付けている。このヤナギ林を形成するヤナギ類には数種あり,源流から下流,安定から不安定,礫質から泥質,乾性から過湿性といった様々な立地環境に応じて,多様な種組成からなるヤナギ林が発達する。
4.17. 湿生林
 台地や丘陵,山間部などで湧水がみられる谷頭の谷地,湿原周辺,河川沿いの後背湿地,扇状地末端の湧水辺などの過湿性地や湿潤地にはハンノキやヤチダモ,ハルニレなどが優占する湿生林が成立する。
4.18. 渓畔林
 山地渓畔や谷底,渓床段丘面,渓谷の崖錐斜面などの適潤で岩礫が堆積する立地にはサワグルミ,オヒョウ,ケヤキなどが優占する山地渓畔林が発達する。湿生林とは異なり,流動水によって涵養され,しばしば岩礫の移動を伴う撹乱を経て成立している。
4.19. 河畔林
 ヤナギ林とは異なり,洪水時に冠水することが稀な自然堤防やそれに続く河成段丘面,あるいは高位氾濫原平坦地ではオニグルミやハリエンジュからなる河畔林が点在する。

5.河辺に生育する植物
 河辺は乾性地から過湿性地あるいは水中,岩盤から砂土,あるいは重埴土というように多様な立地環境が存在し,それに対応するように多様な植物が生育する。  今回の調査では810種の植物が確認され,これは宮城県あるいは岩手県に生育する植物の1/3,東北地方全体の1/4弱に該当する(表2)。

表2 北上川・和賀川・雫石川流域に生育する植物数
植物分類群北上川流域宮城県岩手県東北地方
シダ植物
45
221
148
264
裸子植物
3
27
18
42
被子植物
双子葉類離弁花類
355
982
820
1347
合弁花類
189
421
556
905
単子葉類
218
750
683
1038
合  計
810
2401
2225
3596
種数は次の文献によった。
 岩手県生活環境部自然保護課(編)2001.岩手県野生生物目録.
 宮城植物の会・宮城県植物誌編集委員会(編)2001.宮城県植物目録.
 上野雄規(編)1991.北本州産高等植物チェックリスト.東北植物研究会.

 植物相の大きな特徴は水生植物が42種,帰化植物が89種(内,牧草が11種,植栽起源が28種),耕地雑草が多数含まれていることである。
 このような現状は,ダム工事に伴う河辺の消失,ダムによる流量の管理,護岸工事などによる河道の安定化,耕作地化や公園化に伴う高水敷工事による環境の均質化や人工地化,牧草の播種や緑化と称した植林,人の出入り,生活廃品や農業廃棄物の搬入などによる河辺環境の変貌が挙げられ,さらに肥料分の流入に伴う水質の富栄養化,汚染物質による水質悪化が進行していることも原因とされる。したがって,河辺の植物相は,たとえば貧栄養地に生育する植物は衰退,それに置き替わって下流域に出現する帰化植物や耕作雑草が進出するという変化が生じ,源流から下流という河川区分による植物相の相違は消失し,均質化に向かっている。  なお,生育が確認された植物の中には分布の上で特記すべき種が29種,含まれていた(表3)。

表3 北上川・和賀川・雫石川流域に生育する特記すべき植物
イワヒバ(イワヒバ科)
ニッコウシダ(ヒメシダ科)
ホテイシダ(ウラボシ科)
ユビソヤナギ(ヤナギ科)
コリヤナギ(ヤナギ科)
フカオヤナギ(ヤナギ科)
ミヤマカワラハンノキ(ハンノキ科)
サクラタデ(タデ科)
サボンソウ(ナデシコ科)
シロダモ(クスノキ科)
アズマシロカネソウ(キンポウゲ科)
タコノアシ(ユキノシタ科)
テツカエデ(カエデ科)
アキグミ(グミ科)
スギナモ(スギナモ科)
ケヤマウコギ(ウコギ科)
コバノカモメヅル(ガガイモ科)
イワテシオガマ(ゴマノハグサ科)
オオヒナノウスツボ(ゴマノハグサ科)
ヒロハホウキギク(キク科)
カワラニガナ(キク科)
サジオモダカ(オモダカ科)
ミズアオイ(ミズアオイ科)
ミクリ(ミクリ科)
タマミクリ(ミクリ科)
ナガエミクリ(ミクリ科)
ヤガミスゲ(カヤツリグサ科)
ツルアブラガヤ(カヤツリグサ科)
ウチョウラン(ラン科)


6.おわりに
 今回の調査によって,北上川流域には河辺植生として97群落が確認された。また,河辺には810種の植物が確認され,多くの水生植物や帰化植物,牧草,耕地雑草が含まれていた。このように多くの群落や植物が確認され,河辺は植物にとって多様性に富んだ環境を提供していると考えがちであるが,内容的には自然性の植生は少なく,人為的影響下に成立する群落や植物が多数含まれていることに注意する必要がある。このことは河川の人工化が進行していることを意味し,絶滅に瀕している植物の保護を行うとともに,自然性の高い群落を存続するためには本来の自然環境を保護する必要性があることが示されている。
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Copyright(C) 竹原明秀岩手大学人文社会科学部植物生態学研究室
初版:2002年12月25日 最終更新:2003年6月6日