岩手県花巻市におけるイヌブナ林の種構成と生育環境
高野橋 彩
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はじめに
 イヌブナ(Fagus japonica Maxim.)は本州、四国、九州の暖温帯上部から冷温帯下部に分布する日本固有の落葉高木である。中部地方以北では主に太平洋側に分布し、一般にブナ(Fagus crenata Blume)のような純林を形成することは少ない。
 本研究では、イヌブナの分布の北限といわれた岩手県花巻市においてイヌブナが生育する森林の植生を調査し、出現する植物の種構成と生育環境を明らかにすることを目的とした。
調査地・調査方法
 調査地は岩手県花巻市台にある六郎山(海抜205〜270m)、鍋倉にある鍋割川下流(海抜180〜190m)、湯口松沢にある大松沢林道(海抜200〜240m)の3地点である。調査では10m×10mを基本とする調査枠を六郎山で3ヵ所、鍋割川下流で2ヵ所、大松沢林道で3ヵ所をそれぞれ設置した。それぞれの調査枠において、高木層・亜高木層・低木層・草本層の4つの階層に分け、階層ごとに出現した植物の種名、それぞれの優占度と群度を記録した。さらに調査枠の傾斜角度や方位なども測定した。
結果
 調査地点2地点(六郎山、鍋割川下流)では高木層(高さ9〜23m)においてイヌブナは優占していたが、イヌブナの純林ではなく、コナラ、アカマツ、ブナ、ミズナラなどと混生していた。それに対して大松沢林道では高木層(高さ9〜27m)においてキタゴヨウが優占し、イヌブナは点生するのみであった。全調査地点とも、低木層(高さ0.3〜5m)ではオオバクロモジ、クマイザサ、バイカツツジ、草本層(高さ0〜0.5m)ではコカンスゲ、オオバクロモジ、シシガシラ、エゾユズリハ、チゴユリなどが高い頻度で出現した。草本層の出現種数は、六郎山で14〜24種、鍋割川下流で17〜26種、大松沢林道で12〜25種であった。
 イヌブナの生育環境としては、いずれも海抜180〜270mの低地であり、付近に沢が流れていた。また、イヌブナの生育する場所は傾斜角度20〜50°の急な斜面であった。そのため、地表面は不安定で土砂の崩落もあるために草本層の発達はあまりよくなかった。
考察
 以上の結果から、イヌブナの特徴は急嵯な斜面に生育すること、コナラ、アカマツ、ミズナラ、ツツジ類などの陽生の植物と混生することなどにより、乾燥に強い植物と考えられる。そのため、イヌブナは多雪地帯である日本海側ではなく、太平洋側を主体に分布するという特徴を示唆している。
 なお、岩手県におけるイヌブナは太平洋沿岸では宮古市付近まで点々と分布しているのに対して、内陸部では一関市自鏡山、花巻市豊沢川・瀬川流域(今回の調査地を含む)、一戸町姉帯と点在している。このように内陸部で隔離分布している理由については不明である。

Copyright (C) 岩手大学人文社会科学部 植物生態学研究室
初版:2002年12月25日 最終更新:2007年2月20日