前沢町月山神社社叢の植物相と植生の現状とその保全について
吉田早苗
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 人間の生活活動が活発化するにつれて、本来の自然は失われてきた。そのため、人為的な影響を受けない自然林は今ではあまり残っていない。しかし人々の信仰の対象である神社仏閣ではすばらしい自然が残されている場合が多い。これは寺社では森(社叢)を、少なくとも木立をもっており、鬱蒼と繁る木々とそこから感じられる不思議な力によって、人々からあがめられあまり人手も加えられずにきたのである。

 岩手南部に位置する、前沢町月山神社(平安時代末期創建)周辺にもすばらしい社叢が今でも残っている。この状況を御世まで保存するために、今の現状を把握することは最も大切なことと考えられる。

 調査は植物相調査と植生調査からなっている。植物相については採集と写真撮影に基づき、調査地内に生育する植物の同定をおこなった。植生調査では方形区(10m×10m)を設定し、階層ごとに出現する全植物について、種名・被度・群度、さらに主要な樹種の胸高直径について調査した。調査は平成7年の7月〜8月、さらに平成8年5月〜11月にかけて調査をおこなった。

 調査の結果、月山神社社叢では84科257種の植物がみられた。そのなかには、前沢町が分布の北限とされているモミも含まれている。また、ノビネチドリやササバギンランなどのラン科植物、そして今では見かけることが少なくなった草原性のオミナエシもあり、昔からの自然が残っていることがうかがえる。

 調査地は自然林のほか、植林や伐採跡再生林などからなり、特に自然性の高い群落としてアカマツ自然林がみられた。アカマツ−ヤマツツジ群落、アカマツ−アクシバ群落は尾根筋や露岩地に成立し、林床にウスノキ・アクシバ・ヤマツツジなどのツツジ科植物が繁茂するという特徴があった。アカマツ−アズマザサ群落は多層構造から成り立っていた。また、林床に光が十分届き明るい場所ではアカマツ−モミジイチゴ群落が、一方林床が暗い場所ではアカマツ−イヌガヤ群落が形成されていた。自然林を取り囲むように植林があり、アズマザサが密生するスギ−アズマネザサ群落、高木層と草本層の二層からなるアカマツ−アズマザサ群落がみられた。また、伐採跡地では多種の樹木が密生するオオバクロモジ−ヤマツツジ群落からなり、草本層はほとんど発達していなかった。

 自然状態でアカマツ林が成立するのは、尾根筋や露岩地など、乾燥しやすい貧栄養の土壌的に特殊な場所とされている。月山神社社叢には多様なアカマツ自然林が残っており貴重であると言える。しかし、本地域のアカマツ自然林において、アカマツはわずかな植被率で高木層でのみ出現し、亜高木層以下では落葉広葉樹が優先しているため、現生のアカマツが枯死した場合、落葉広葉樹へと遷移するといえる。つまり、このアカマツ自然林は今後も同様の林相を継続していくとは考えられず、社叢としてのアカマツが衰退の道をたどっていることも間違いない。

 本研究では、月山神社社叢の植物相と植生の現状を把握することを目的としておこなってきた。結果として、アカマツ自然林は落葉広葉樹林への推移がかなり進んだ状態にあるといえた。社寺林の保護には原則として自然にまかせることが大切と考えられる。しかし、社叢の荘厳さとすばらしい景観を守るためには、人手を加える必要もある。今後、残されているアカマツの保護・管理をおこなっていかなければならない。そして、それと同時に補植を施すことも念頭にいれる必要がある。


Copyright (C) 岩手大学人文社会科学部 植物生態学研究室
初版:2002年12月25日 最終更新:2003年6月3日