- 人間文化課程の新入生133名の皆さん、合格おめでとうございます。そして本課程を選んでくれて、ありがとうございます。人間文化課程長の中村安宏です。よろしくお願いします。さて、人文社会科学部はこのたびプログラム改編を行いました。皆さんはその1年目の新入生です。とりわけ人間文化課程では、これまでの9プログラムから4プログラムへと大きく変わりました。多文化共生とウェルビーイングを柱として、国際文化プログラム、日本文化プログラム、現代社会共創プログラム、人間行動プログラムに改編しました。ところで、現在はデジタル媒体が流行っていますが、今日は皆さんがこれから大学で学ぶに当たり、あえて、アナログ媒体の重要性について話をします。
- 私ごとになりますが、大学院生のとき、仙台からときどき東京都立中央図書館の特別文庫室に行って、調べものをしていました。『和名類聚抄釈義』という本を調べていたときのことです。この本は、江戸で本屋の子として生まれた狩谷エキ[木|夜]斎という、あまり聞いたことはないかと思いますが、考証学に基づいて律令時代の日本の制度などの解明をめざした学者のものです。当時、本を作る際には、まず紙を半分に折ります。それで1丁表、1丁裏……となります。現在の頁ですね。それらを糸で括って本を作っていました。「和綴じ本」と言います。見たことある人いますか? ああ、いますね。そのとき私が調べていたのは写本と言って、手書きのものです。それを1枚1枚めくっていたら、間に紙切れが挟まっていました。「エキ[木|夜]斎自筆 川瀬一馬」と書いてあります。川瀬一馬という人は知る人ぞ知る、1906年に生まれ、1999年に亡くなった書誌学者で、古い辞書の研究も行っています。長生きですね。それで、もし私が自筆だとわかったら、図書館の人に言って目録に書き加えてもらうと思います。でも川瀬一馬はそういうことをせずに、後にこの本を手にする人宛てに、紙切れを忍ばせておいた。私は学生時代に紙の本を通して、有名な研究者に出会うことができました。感動を味わったことを今でも覚えています。でも出会いと感動はそれだけではありません。わかりますよね。……狩谷エキ[木|夜]斎とも触れ合うことができました。これはアナログ媒体ならではの出会い、感動、そして新たな発見でした。もう1つ話をします。
- 現在、石碑の調査も行っています。これはまさにアナログ媒体ですね。拓本を採っていますが、近年「ひかり拓本」という技術が開発されました。様々な角度から光を当てて撮った写真をソフトが合成処理してくれます。ただ「ひかり拓本」でも必ずしもすべての文字をはっきり読める訳ではありません。それよりは、暗くなってから、「左斜め上」から光を照らすと文字が鮮明に浮かび上がります。「斜め」というのは、漢字の縦線と横線に対応できるからだと思います。「左上」というのは、経験からなんですが、もしかしたら文字の刻み方に関係があるのかもしれません。ともかく読めなかった文字が読めた感動を味わっています。さらに石碑は基本動かないので、場所や隣の石碑、そこから見える景観も重要です。これは石碑と周りとのつながりを読むことでもあります。たしかに検索などをするにはデジタル媒体は便利です。ただし文脈を読むことが疎かになりがちです。
- そこで私からのお願いです。皆さん、紙の本を読んでください。いいですか?(新入生たちのうなずき)。はい、頼もしいですね。以上で私の挨拶はおわりにします。
- (初出は「岩手大学人文社会科学部教育後援会報」第49号、2026年1月、一部改訂)
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