3.丘陵地における種多様性
  今回作成したフロラ・データベースは面積が様々で多様な植生域が含まれるため,その評価は極めて大きな空間スケール(マクロ・スケール)に対応するものとなっている。そのため,小さな空間スケール(ミクロ・スケール)での種多様性を解明するためには,同一地域での群落間や植分間での比較が必要となる。ここでは丘陵地を持つ地域15カ所を取り上げ,丘陵地における種多様性を再評価し,(仮称)東成田県自然環境保全地域候補地でミクロ・スケールでの種多様性を考察する。
(1)丘陵地での地域種数
  各地域の地域種数(自生種のみ)は1種(権現森緑地環境保全地域と蕃山・斉勝沼緑地環境保全地域)から62種(荒沢県自然環境保全地域候補地)までで,平均21.8種であった(表2)。

表2 丘陵地における出現種数と地域種数
調査地域御嶽山旭 山植物園東成田太白山翁倉山荒 沢権現森谷 山県民森釜房湖斉勝沼高 舘加護坊伊豆沼
面積(ha)
8
34
49
125
449
541
770
857
894
1045
1676
1942
2830
2896
5186
出現種数
284
302
757
520
711
440
635
632
531
764
709
651
895
706
697
自生種数
282
294
721
514
701
435
628
619
518
675
697
638
877
677
686
地域種数
2
11
36
7
20
15
62
1
11
19
27
1
50
19
46
地域率(%)
0.7
3.7
5.0
1.4
2.9
3.4
9.9
0.2
2.1
2.8
3.9
0.2
5.7
2.8
6.7

  これらの数値は25地域で抽出された数値と比較した場合,一様に増加すること(対象となる植物の区分が異なるため,県民の森緑地環境保全地域では減少)から,丘陵地は様々な植生域のフロラ的要素を持ち合わせていることがわかる。このことは地域種数が多い荒沢県自然環境保全地域候補地(ブナ林に接し,連続する)ではブナクラス域要素,高館・千貫山県自然環境保全地域(暖温帯域上部に位置する)ではヤブツバキクラス域要素がそれぞれ多種含まれているためである。このように宮城県における丘陵地は異なる植生域の接点に位置し,植生域にあまりとらわれいない種以外に,ほかの植生域要素がどの程度進出しているかが種多様性に大きく寄与しているといえる。しかし,植生域というマクロ・スケールとは別に,伊豆沼・内沼流域では水生植物が多種出現するために,地域種数は大きくなり,多様な立地環境(ここでは池沼や湿地など)の存在が重要な要因となっている。
(2)ミクロ・スケールでの種多様性
  (仮称)東成田県自然環境保全地域候補地(36ha)は仙台市中心部から北東に17q離れた大郷町にある丘陵地で,原生的なモミ林,二次植生のコナラ林,人工林のスギ植林・ヒノキ植林,湿生植物群落などの15型の植物群落からなり,典型的な里山である(表3)。

表3 東成田地域の群落別出現種数・出現回数別種数
群落名モミ林ハンノキ林コナラ林スギ植林ヒノキ植林マダケ林湿生植物群落浮葉植物群落早春植物群落崩壊地植生路傍植物群落放棄水田植生合 計
面積(ha)
4.4
0.1
4.6
17.2
2.8
0.1
1.4
0.5
0.3
4.6
0.1
0.1
36.1
面積(%)
12.2
0.2
12.7
47.7
7.6
0.2
3.8
1.5
0.8
12.8
0.1
0.1
100.0
調査枠数
14
2
6
17
5
3
12
4
5
5
5
9
87
全出現種数
106
56
54
217
91
40
25
2
40
70
62
56
376
枠当たりの出現種数
(最小値)
15
35
14
12
10
13
2
1
13
20
11
3
1
(平均値)
22.9
36.0
20.2
41.9
29.4
17.7
6.0
1.5
16.0
28.2
16.2
11.9
22.0
(最大値)
37
37
28
77
47
22
11
2
18
44
23
21
77
出現群落回数別種数
(1回)
11
10
2
61
6
4
7
1
10
14
17
20
163
(2回)
17
15
8
50
16
3
7
1
11
14
23
21
93
(3回)
33
11
13
54
29
9
5
0
10
15
8
8
65
(4回)
17
7
10
22
16
4
2
0
4
8
4
2
24
(5回)
14
4
11
16
12
11
1
0
3
6
1
1
16
(6回)
8
3
4
8
6
4
2
0
2
8
6
4
9
(7回)
3
3
3
3
3
2
1
0
0
2
1
0
3
(8回)
3
3
3
3
3
3
0
0
0
3
2
0
3

  植生調査された群落毎の出現種数は2種(浮葉植物群落)から217種(スギ植林)までで,全出現種数は376種であった。この数値はフロラ調査によって得られた520種の72.3%でしかなく,植生調査に不適な場所に種数を高める要素が存在していることがわかる。このことは植生調査が均質性を求めているのに対し,フロラ調査は多様性を求めているためで,調査・踏査方法が根本的に異なっていることを示唆している。
  出現群落回数別種数(種毎にどの群落に出現したのか,その回数を数え,回数別の種数を表したもの)を群落内で比較した結果,最も大きな値を持つ回数は多くの群落で3回以上で,2回はハンノキ林,路傍植物群落,放棄水田植生,1回はスギ植林であった(表3)。この回数は地域種と同義で,回数が少ない種が多いほど,その群落に特有な植物を多種保持していることを表している。つまり,スギ植林はそこ特有の種が多いことで,ほかの群落と比較し,高い種多様性を持っている。単純に出現種数を比較するのではなく,その内容を評価するに当たり,出現群落回数別種数から評価することも必要である。
  さらに同一群落内における出現枠数と種数の変化(図4)から,種の群落に対する寄与程度や種多様性,あるいは構成種のばらつき程度が判断できる。その判断基準として枠数1回の種数の全出現種数に対する割合を算出すると,モミ林と放棄水田植生では46%程度,コナラ林とスギ植林では36%前後であった。前者は後者にくらべ植分間でのばらつきが大きく,植分間のばらつきによって,群落の多様性を高めていることがわかる。

図4 群落別の出現枠数と出現種数の関係

  以上のことから,群落間・植分間での出現種数を比較した結果,地域あるいは群落における種多様性の実体はそれぞれ異なっており,単一の判断基準ではなく,複数の尺度を用いて生物多様性を評価していかなければならない。


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