研究室探訪鈴木 護
鈴木 護
SUZUKI Mamoru
人間文化課程 【社会心理学】
- 岩手大学人文社会科学部行動科学コース (1992年)
- シカゴ大学大学院人文科学研究科【修士】 (2004年)
- ペンシルベニア大学大学院博士課程犯罪学専攻【博士】中退 (2009年)
- この記事は2013年に掲載された記事を再掲載したものであり、改組前の学部の内容が含まれています。
専門分野について
岩手大学における人間科学課程の特徴は何ですか
実は2012年10月に赴任したばかりで、現状の全てを把握しているわけではありませんが、岩手大学における人間科学課程の大きな特徴として挙げられるのは、他の課程も含めて幅広く学ぶことができる点にあると思います。
人間科学課程は行動科学コースと人間情報科学コースの二つに分かれていますが、その枠にとらわれず自由に興味のある分野を勉強できます。2年生では哲学・心理学・情報科学・社会学などの基礎知識を蓄えるとともに、実習科目で基本的な研究スキルを身につけて、3年生の必修科目である人間情報科学演習(人間情報科学コース)・特殊実験調査(行動科学コース)といういわゆる「プレ卒論」に備えていきます。3年生ではこの「プレ卒論」に前期と後期で1回ずつ取り組んでいく中で、徐々に卒論で扱う自分の最終的な研究テーマを決定していくことができるため、最初から研究分野を一つに絞るということはありません。
一般的に大学では、どこかの研究室に所属して自分の専門分野を絞り込んで研究するという形だと思いますが、人間科学課程では両コースに配属された学生を、各コースの教員全員で受け持つ形式をとっており、その点で非常にオリジナリティーのあるシステムとなっているのではないでしょうか。幅広く興味と知識を身につけ、その上で自分が「これだ」と思ったものを究めることができる。こういった点が、他にはない特徴であると思いますよ。
また「プレ卒論」には発表会もあり、ただ論文を書いて終わりではなく、学生たちが先行研究を参考にして、自分がどのような実験・調査を行ったのか報告する場を設けることで、より深い学修が可能となります。学生たちの報告に対して、専門が異なる教員それぞれの立場から、様々な意見や質問を浴びせる。学生同士も様々な疑問をぶつけたり、議論を深めたりしていきます。そういった形で問題を掘り下げることで、思いもよらぬ面白い発見ができ、研究に深みが生まれます。中には斬新なテーマを取り上げる学生もいて、教員も学生と一緒になって勉強していくという場合もあるんですよ。教員もあらゆる分野に精通しているわけではないので手薄な部分もありますし、我々が学生の時にはなかった新しい問題もあり、そういったテーマを学生が持ってくるわけです。それを「一緒にやってみよう」と取り組んでいる。そういった意味では、学び合いの良い形が残っていると言えます。
卒業論文では「プレ卒論」の経験を活かして、1年をかけて何度も発表会を経験しながら、独自の課題に取り組んでいます。個人研究ですが学生同士が励まし合い、狭い枠にとらわれず、教員も学生も活発に意見を交換し合うことで力がつきます。専攻した専門知識を深めることに加えて、その過程で議論やプレゼンテーションを始めとするコミュニケーション能力を身につけることができますので、その点で非常に魅力ある課程です。
行動科学コースでは、実験実習科目があるそうですね。実験というと、具体的にどのようなことをされているのでしょうか
例えば脳波を測定したり、ものの見え方などの錯覚に関する実験を、実際に自分で体験しそれをレポートにまとめる行動科学基礎実験という科目が2年次にあります。そこでは様々なテーマについて学ぶことができ、実験手法や分析方法など心理学の研究を進める上での基礎的スキルを習得することが可能です。
私が実験実習科目で担当しているのは、身近な他者の捉え方に関するものです。これは自分が無意識に持っている「人を見るときの物差し」を、自分自身で発見してみようというものです。例えば「私は人を見るときに、正直さに重点を置いている」というような物差しですね。我々は普段ほとんどそういった、人を見るときの尺度を意識して生活していませんので、分析した上ではっきりと結果に出してみることで、対人関係についての社会心理学への理解を深めることにつながります。自分を知るということが、心理学に対する理解への第一歩であるわけです。
それから、調査方法の実習も行動科学を学ぶ上では重要です。アンケートを企画し、内容を詰め、実際にアンケートを行って分析するという社会調査法実習という科目があります。調査は簡単そうに見えるかもしれませんが、しっかりとした調査方法を用いなければ、信頼性のある結果を導くことはできません。結果は質問の形式、順番、組み合わせ次第で大きく変わってくるものですから、これまで歴史の中で積み上げられてきた確かな理論とノウハウを参考にしつつ、最適な調査方法を慎重に考えていく必要があります。「理論的にはこうなるはずだから、じゃあこういうふうに聞かなければならないな」と考えていく。そういうところを実体験として、自分たちでやってみることで、力がつくのではないかと思います。
ただ、実験や実習というのは実際の人間を対象に行うものですから、はっきりとした結果が出ない場面もあります。準備し尽くして調査を行っても、なかなか仮説どおりにはいかないこともあります。ですから時間をかけ、じっくり取り組む。そうした中で見えてきた答えは貴重ですし、達成感もあります。そこが行動科学を学ぶ醍醐味の一つでもあるのではないでしょうか。
鈴木先生のご専門とされる社会心理学について、お聞かせください
簡単に言うと社会心理学という分野は、人が誰かといる時や誰かと一緒に行動する時に特徴的なものの考え方や行動を、科学的に研究する分野です。周りに人の目があるとき、それを全く無視して人が行動することは稀です。また他の誰かと作業すると、一人でやる場合よりも能率が上がったり、逆に下がったりします。また他人の印象をどう作り上げるのか、逆に他の人に自分をどういうキャラクターに見せるのか、そうした問題も社会心理学で扱います。心理学が一人の人間の内部メカニズムを対象とし、社会学が様々な人間集団レベルのメカニズムに着目するのに対して、社会心理学は他者がいる場面や他者を意識した際に、個人やその周囲の人々がどう影響を及ぼし合うのかを解明していきます。
今では社会心理学の分野は、様々なテーマが様々な手法で研究されているため、全体を見通して全てを理解するのは簡単ではありません。私自身が大学時代にやっていたことはテーマや手法の点で少し特殊なもので、地域社会に密着し、集団の形成方法とその集団が村に及ぼす影響について調査を行いました。恩師の細江達郎先生(岩手大学名誉教授・岩手県立大学名誉教授)が、青森県の下北地域で随分長く研究をなさっていため、その一環として、私も下北地域へと赴き泊まり込みで調査をすることになったという次第です。先生は、その地域の出身者がどのように職業を選択して社会を担っていくのか追跡調査をされていました。しかし、私は少し視点を変えて、村の中に若者を中心としたグループができる際に、誰が誰をどのようにグループに誘ったのかや、そのグループができたことで村はどう変化したのかについて、地域住民の方々にインタビューして調査したのです。グループというのは、例えばよくある野球同好会であるとかバレーボール同好会であるとか、そういった集まりです。表面的には、村の若者がスポーツの同好会を作っただけですが、それができるまでや出来上がったグループの活動を通して、村の人に様々な影響を与えていたのです。調査では、村の公的な資料、関係者へのインタビュー、活動への立ち会いと行ったことを通して、その影響を明らかにすることができました。
大学を卒業してからは、科学警察研究所で非行や犯罪の調査研究に携わることになりました。専門的な立場としては、社会心理学的な犯罪心理学ということになるでしょうか。犯罪というのは、社会心理学とは無関係に見えるかもしれません。しかし、犯罪の発生には加害者だけではなく、被害者がいて発生場面があり、犯罪を防止するために活動する行為規制者(警察や場所の管理責任者)がいるのです。その相互作用を見ていくことは、まさに社会心理学的な見方が必要なものだと考えています。
私がこれまで携わってきたことは、一般的な社会心理学の研究とは随分異なるものであるかもしれません。しかし私はそのくくりで縛られるというよりは、もっと広く社会心理学というものを捉えていきたいのです。人間というものはたった一人で生きているわけではなく、家族がいて、知人がいて、住んでいる地域がある。そういう中でいろいろなやりとりをしながら生きている。そんな広い捉え方で私は社会心理学を考えていきたいですね。
具体的な研究内容を教えてください
今は大学の教員としては赴任して日が浅いということもあり、まだ講義準備や学生指導のウエートが高いのですが、これまで私が主に研究してきたことは、「犯罪不安」、「犯罪者行動」、「詐欺被害」などの犯罪心理学的研究でした。
「犯罪不安」とは、地域で生活する人たちが自分の住んでいる地域について、どれくらい安心感を持って暮らしているのかを調査するものです。犯罪被害の不安を抱えて生活していくのは、生活の質という点では望ましいものではありません。一方で、犯罪被害のリスクに気づかないで生活していることも、望ましい状態ではありません。被害に遭う可能性を正確に見積もり、そしてその危険性を小さくしていくことで、本当に暮らしやすい日常を手に入れることができますし、それを地域住民と公的機関の連携によって達成する方策を検討していきたいと考えています。
また、「犯罪者行動」に関してはこれまで、警察など事件を捜査する側・犯罪者側・被害者側それぞれの観点を分析し、捜査員に対しアドバイスする仕事をしていました。普段通りの捜査では手詰まりという時に、「こういった情報を手に入れてこんなふうに分析すれば分かるかもしれません」という提案をしていく仕事です。特に、犯罪者プロファイリングや犯人像推定と言われる分野の中で、犯罪者や被害者の空間的な行動の側面を中心に分析を担当していました。他の国とは違い、日本では警察以外の立場で犯罪捜査に関与していくのは難しいのですが、基礎的な研究を続けることによって、これまでお世話になった捜査員の方や、一緒に研究を進めてきた科学警察研究所・科学捜査研究所の担当者に、少し違った形で貢献できればと考えています。
「詐欺被害」に関しては現在も引き続き、振り込め詐欺—特に架空請求に関して、被害者側の観点で調査を行っています。全く詐欺に遭ったことのない人と、架空請求を受け取ったものの詐欺と気付いた人、架空請求で実際お金を支払ってしまった人という3パターンに分けて比較することで、どういう要因がお金を支払うというアクションを起こしてしまうのか、被害を途中で止めるためには何が必要かを分析しています。ニュースなどで取り上げられる典型的な詐欺にはひっかからないのに、そのパターンから少しでもずれると、途端に詐欺と気付かず被害に遭う方もいるので、そういった方のためにも何かアプローチできればと考えています。犯罪心理学の研究者として、被害者を減らすという気持ち・スタンスはやはり大切だと思います。
さらに岩手大学に着任したことから、東日本大震災のことも念頭にあります。なぜ人的被害がこれほどまで拡大してしまったのか、被災地の復興のために地域社会をどう立て直すのか、社会心理学的研究が明らかにすべき課題は多いはずです。現在、被災地の犯罪発生状況を研究している大学院生を指導していますので、それを通じて少しずつ震災からの復興に関する研究にも取り組んでいく予定です。
講義について
授業において、心掛けのようなものはありますか
頭で理解するというより、体に染み込むように納得できるような授業ができればと思っています。体に染みついて理解するというのは、学んだことを自分の言葉で人に説明できるということです。本当に理解した上で、その知識を自分のものにしているのであれば、例えば社会心理学を一切学んだことのない人にも、分かりやすく説明できるのではないでしょうか。
私の授業を受けた学生たちが、そこで学んだことを自分の生活に応用したり、人に分かりやすく伝えていく状況が理想であり、そこまでいけば成功だと考えて講義をしています。
高校生へのメッセージ
心理学や社会心理学に興味のある方は、素朴な疑問や関心を大切に育てていってほしいと思います。あらゆる経験を積み、その中で見えてくる人間の姿から浮かぶ疑問があるはずです。それが社会心理学を学ぶ第一歩になると思います。社会心理学に興味・関心を持っている方たちには、その点を伝えたいですね。人間の行動の中で不思議に思っていることを自分なりに考え、興味を深めていってください。そうした土台を作っておくと、それが社会心理学的にどう説明できるのかということを、大学で学んでいくことができます。日頃から様々なことについて、自分のアンテナの感度を上げて生活していくことが、社会心理学を学んだ時の深い理解につながっていくのではないでしょうか。