研究室探訪川村 和宏

川村 和宏

KAWAMURA Kazuhiro

人間文化課程 【ドイツ文学】

  • 茨城大学人文科学研究科【修士(学術)】 (2001年)
  • 東北大学文学研究科【博士(文学)】 (2010年)
  • この記事は2013年に掲載された記事を再掲載したものであり、改組前の学部の内容が含まれています。

掲載日


専門分野について

岩手大学における国際文化課程の特長は

 国際文化課程には「欧米言語文化」「アジア文化」「文化システム」の3コースがあり、共通の特長としては、世界的(グローバル)な視野と地域的(ローカル)な意識を持って研究に取り組んでいるということでしょう。

 世界的な観点から各地域の言語や文化、文学や歴史を見直すことにより、さまざまなテーマを新たな切り口から扱うことができます。例えば、地域に根ざしたものと考えられてきたドイツのグリム童話と東北地方の民話を比較したり、両者の関係性を跡づけるといった研究も、世界的な視野があって初めて発想される手法と言えます。

 そのための手段として、英語やドイツ語をはじめとする欧米やアジアの言語運用能力という意味での言語コミュニケーション能力を重視していることも課程の特長の一つです。この言語運用能力には「読む」「書く」「話す」といった行為が含まれます。

 欧米の言語について言えば、読む能力は、演習科目などで専門的な文章を読み進めることで身につけていきます。書く能力は、作文の授業で簡単なレジュメを書くことから始めるのですが、その際に論文の書き出しや話題の転換、結論のまとめ方など、学術的な文章の書き方を学んでいきます。話す能力は、各国のネイティブによるコミュニケーションの授業が用意されていますので、そこで実践練習を重ね、対話力に磨きをかけていきます。

欧米言語文化コースではどのようなことが学べるのでしょう

 欧米言語文化コースでは、英語、ドイツ語、フランス語、ロシア語といった欧米の「言語」と「文学」、「文化」、さらにこれらを学ぶ上での基礎となる「欧米史」や「言語教育」、「コミュニケーション論」についても学ぶことができます。もし、ドイツ語で書かれた文学に興味があれば、「ドイツ」の「文学」に関する卒業論文を書くとよいでしょう。また、欧米言語文化コースという枠組みの利点として、フランスやロシアとドイツの文学作品の比較、英語とドイツ語の構造の比較など、比較文学や比較語学、比較文化的な研究に取り組むこともできます。

 海外へ留学する学生が多いのも欧米言語文化コースの特色ですね。英語圏やフランス、ロシアへの交換留学制度もありますが、ドイツ語専攻の学生たちも短期留学などで積極的にドイツ語圏へ語学留学に行っています。留学の一番の効果は、大学で学んだ文法や語彙、発音などがいわゆるネイティブに通じるのを確認することで自信がつき、学びに弾みがつくということ。留学に関しては教員が親身になって相談に応じますから、興味のある方はいつでも話を聞きに来てほしいと思います。

欧米言語文化コースで学ぶ学生には、どういった能力を身につけてほしいですか

 これは人文社会科学部全体に関しても言えることですが、これからの時代は異なる地域や文化、学術分野をまたいだ知識を「コーディネートする能力」が重要になると考えています。

 人文科学・社会科学・自然科学の各研究分野では、これまで細分化された専門分野で充実した研究がなされてきました。しかし、そうした傾向は研究を深化させることができる反面、専門的すぎる知識が互いにどのような意味を持つのかが分かりにくくなってしまう、というジレンマも抱えています。岩手大学では、このように細分化した知識の探求に留まらず、各分野の知識を総合的に融合し、新たな視点を獲得できる人材を育てようという機運があります。わたし自身の研究課題とも関わることですが、専門性を深化しつつ、他の専門分野との化学反応を楽しむという姿勢が大切になります。

 岩手大学の人文社会科学部が導入している主副専攻制などが、そうした姿勢を象徴していますね。文系・理系にとらわれることなく、さまざまな授業に参加することで、自分の専門にはない観点や研究手法を身につけることができるのだと思います。

 もっとも、本来の立脚点を見失ってしまっては本末転倒です。専門性を失ってしまえば、どの分野でも勝負になりません。専門的な能力、例えばドイツ文学の研究手法やドイツ語のコミュニケーション能力などを身につけた上で分野横断的な思考を訓練することで、柔軟で力強い、応用の利く能力を身につけることができると考えます。

先生の専門分野について教えてください。また、その分野に興味を持たれたきっかけは何ですか

 専門分野はドイツ語圏の文学研究です。そこから派生して、異文化間での昔話の伝播に関する比較文学研究なども行っています。また、スマートフォンや携帯電話、コンピュータなどで動作するドイツ語学習ソフトウエアの開発と学習効果分析も試みています。
 わたしがドイツ文学に興味を持ったきっかけは、子どもの頃に読んだドイツ人作家の児童文学です。大学に進学した当時は心理学や文化人類学にも興味を持っていたのですが、専攻分野を決定するところで最終的に文学、特にドイツ語圏の文学を選びました。それは、子どもの頃に読んだ本の作者がドイツ人だったことや、日本とはまるで違うドイツの学校制度にも関心があったことがきっかけになったと言えると思います。
 多くの学生が興味を抱くメルヒェンに関する研究も、ドイツ語圏の児童文学研究を進める中で出会ったテーマです。最近では、グリム兄弟が収集したメルヒェンが日本へ伝播する過程を追ったり、そのモチーフの再生産について考えています。従来は別の研究分野と見なされていたヨーロッパ文学と日本文学の間で地域性を越えて考察するという手法も、先ほど申し上げた知識の「総合化」や「コーディネート能力」の一例と言うことができるでしょう。わたし自身の研究も、人文社会科学部の理念に触発されていることになりますね。
 ソフトウエアの開発については、わたし自身、プログラミングに親和性があり、まだ誰もそのようなプロジェクトを試みていなかったので、思い切って書いてみたということが研究の契機になっています。

研究ではどのようなことに取り組まれていますか

 いくつかの課題に同時に取り組んでいますが、ドイツ文学研究については文献調査に基づいた研究を行っています。例えば、日本でもよく知られるドイツの児童文学作家ミヒャエル・エンデの遺稿などを調査し、作品成立過程について跡づける方法、いわゆる文献学的研究を行っています。その延長線上で文学とドイツ語圏の経済思想との関わりを探るといった学際的な研究も行っています。その際、ドイツ文学の古典的作品やメルヒェンにも言及しますが、やはり自分の立脚点としてドイツ文学研究の訓練をしっかりとしていたことが、研究の説得力を増してくれていると感じています。
 メルヒェンとの関連で、グリム童話が異文化、特に日本へ伝播する過程に着目した研究も進めており、グリム童話が東北地方で土着の民話として伝えられている現象などを扱っています。初めから比較文学や学際的な研究を目指したわけではなく、「ドイツ語圏の文学」という枠組みを手がかりとして探求する中で、自然に興味が広がった形ですね。
 結局、今でも子どもの頃に読んだ作家ミヒャエル・エンデの研究を続けているわけですが、世界中でほんの数人しか読んだことのないエンデの未公刊書簡を読んで、新たな発見があったときなどは楽しさを感じます。

講義について

学生の理解を深めるため、講義ではどういった点に気を配りながら進められていますか

 外国語の授業は、主に3種類に分けられます。1年次から始める未修外国語の授業、2年次から参加できる講義、3年次以上向けに開講されている演習科目です。
 1年次の未修外国語の授業は、学生の皆さんの反応を見ながら進めていきます。丁寧に発音を練習し、シャドーイングなども取り入れながら会話やパートナー練習を行います。文法の基礎もしっかり身につけておかないと、その後の研究ができませんね。
 独特の試みとしては、スマートフォンや携帯電話、タブレット、コンピュータで動作するドイツ語学習ソフトを開発し、授業で活用していることが挙げられます。昨年作成した教科書の内容とソフトを連携させたり、ヒント機能をつけたりと工夫しているので、通学途中の電車内やバス内、授業の合間などの空き時間に暇つぶし感覚で勉強してもらえれば嬉しいですね。
 講義では、多くの学生が興味を持つようなテーマから始めて、専門的な内容へとつなげるよう心がけています。具体的には、メルヒェンやドイツ語圏の児童文学史といった親しみやすいテーマから、文学と社会や経済の問題との関わりなどといった発展的な内容までを扱っています。
 演習になると、ドイツ語のテキストに本格的に取り組むことになります。この段階まで来るとそれなりの語学力が求められるのですが、一人一人のテーマが発見できるよう、丁寧な指導を心がけています。
 その他にも、新たな取り組みとしてドイツ語による多読の授業なども試みていますので、授業を覗いてみてほしいと思います。

今後、社会に出て行く学生に対し期待されることは

 柔軟な対応力と論理的思考を身につけ、自分の強みを意識して暮らしてほしいと思います。
 学生たちが社会で活躍するこの先の時代には、もしかすると今よりもっと厳しい状況が待っているかもしれません。少子化が進む限り競争が激化するという、若者にとって過酷な事態も予想されます。ただ、そうした中でも自信を喪失してはいけません。わたし自身、いわゆるロスジェネ世代ですが、思うに任せない状況にあっても努力という点で欠けるところがなければ、胸を張って暮らしてもらいたいと思います。
 その上で自らを取り巻く環境が目まぐるしく変化したとしても、事態に対し柔軟に対応する心構えが必要になります。その際、頼りになるのはやはり論理的な思考力。状況を正確に把握し、論理的な思考に基づいて行動するための基礎を大学で訓練しておくことが大切です。また、自分の強みを認識しておくことも重要です。自らの強みが十分に分かっていれば、それをテコに状況を改善する可能性を得ることができるからです。そうした強みを発見、認識して、養うことも大学時代の大切な作業の一つと言えるでしょう。研究にせよ、留学やサークル活動にせよ、大学時代に自分の感性や判断力への肯定感を体験しておいてほしいと考えています。

高校生へのメッセージ

 ただ卒業論文の体裁を整えるのは簡単なこと。大切なのは、自分の興味・関心の対象を見つけ書いていく、すなわち自分自身の中にある語るべきテーマを形にしていくというプロセスなのです

 日々の生活の中で出会うものごとを「面白がる」ことです。皆さんの興味・関心が大学での研究のきっかけになります。レポートや論文の書き方、研究の方法などについては教員が指導することができますが、皆さんの興味・関心が向かう方向性や学術的な意味での感性は指導する性質のものではありません。けれども、そうした関心や感性が、皆さんならではのテーマへと導いてくれるのです。
 そして自分が意味深いと思うことができるテーマは、大学でも価値のある研究へとつながります。ですから、今は勉強や部活に精一杯取り組み、学校などの行事に参加したり、遊んだり、本を読んだり、映画を見たりと、大いに心を動かしてください。その上で大学の授業に参加して、語るべきテーマへと関心の焦点を絞っていけば、社会にとっても、自分にとっても、意味のある研究・活動にたどり着くはずです。先ほど申し上げた「強み」も、そうしたところから生まれるものだと考えています。


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